« 東京都の最高峰雲取山登山の思いで その8 | トップページ | 雲取山登山で受けた凍傷の克服記-2 »

2004.02.26

雲取山登山で受けた凍傷の克服記-1

昔、私が新制中学の2年生であった頃のことである。ある年の正月3日、ゆえあって独りで雲取山に登山することとなった。吉祥寺の家を朝発って、雲取山の山小屋に着いたのは夜の9時をすでに回っていた。
次の日の朝カマセン(鎌仙)と呼ばれていた山小屋の番人に起こされたとき、私は 手足の指先に凍傷 を負っていたが、それがどのような傷害なのかその時全く分かっていなかった。
カマセン(鎌仙)に、直ちに下山しなさい、と後見人を付けられた私は、山小屋に一晩泊まっただけで、後見人とともに下山させられたのである。下界に近づくにしたがって、私は 凍傷による痒みと痛み を知り、この先どうなるのか不安にはなってはきたが、もちろんまだ何も分からなかった。
雲取山をくだって家にたどり着いて暫くのあいだは、どのように過ごしていたのかよく覚えていない。
私が思い出せるのは、凍傷の手当てを始めたところからである。その間については、ここから逆に推定してみる他はない。
手足の指と足の踵と、それから耳朶に出来た大きな水膨れは、当分の間そのままにしておいたと思う。
水泡の中の漿液が新しいうちは、その下に未だ新しい皮膚が出来ていないので水泡にはさわれなかったのだと思う。
1週間か10日か、日時が経って水泡の下の漿液が死んで黄色く濁ってくるとともに、痛みとかゆみは減ってきていたと思う。

|

« 東京都の最高峰雲取山登山の思いで その8 | トップページ | 雲取山登山で受けた凍傷の克服記-2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12847/236150

この記事へのトラックバック一覧です: 雲取山登山で受けた凍傷の克服記-1:

« 東京都の最高峰雲取山登山の思いで その8 | トップページ | 雲取山登山で受けた凍傷の克服記-2 »