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2004.02.29

雲取山登山で受けた凍傷の克服記-4

凍傷を受けた全ての個所の水泡のなかの漿液が、真っ黒い桐炭椿油と置き替えられて、どのくらいの日が過ぎたか覚えていない。
日が流れるにつれ次第に新しい皮膚が生まれてきている実感につつまれ、身体全体に力がみなぎってくるのを感じるようになっていた。このころは、毎日ただ食べて新しい皮膚の誕生を祈るばかりであったと思う。身体が腐るのは簡単であるが、身体に新しい皮膚を誕生させるのは、そう簡単なことではなかったはずである。
このころ赤城さんと会っていたのか、学校で何があったのか、友達と何を話していたのか、一切記憶にないののが不思議といえば、不思議な気がする。このころの記憶の量は非常に少なくなっていると思う。私の感では、他のことを感じている暇が無いくらい、凍傷の治療に専念していたとしか思えない。つまり、痛かったか痒かったか、布団の中でも布団に触らないように注意し、人と話していてもうわのそら、何を聞いても聞こえず、という心理状態にあったので記憶に残るものは何もなかったと思えるのだ。私は今でも、何か気になるとそのことに集中してしまって周囲のことは何も分からなくなる。昔とちっとも変わっていないと自分でも思っている。
こうして、痛くて痒くて床の中で眠れない日を過ごしていたことが、夢のように感じられるようになっていった。痛い、痒いといって家族には非常に迷惑をかけていたことを後で聞いた。当時の私には、周りのことを考える余裕はなかったうえ人一倍痛いことには弱かったので、その通りであったと思う。痛みには今もなお弱いままなのである。

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