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2004.02.23

東京都の最高峰雲取山登山の思いで その6

深い雪山の中で初めて、自分の声以外は聞こえようのない独りになっていた。その時、左側に少し離れてうす黒い小屋のようなものが見えたが、人気は無さそうであった。そのまま通り過ぎてから、ほんの直前、左側の少し奥に縦に長く細い一本の光のようなものが見えたことが、心に閃いた。あれは灯の光ではなかっただろうか、引き返してみると、縦に長く細いが強くて明るい灯の光が、目に飛び込んできた。
近づくまでもなく、山小屋の戸のすき間から漏れ出してきている灯の光であることが分かった。身体がばねのように踊って、一目散にその戸の方に向かって走っていた。何と叫んでいたか今は思い出せないが、たぶん今晩は!今晩は!と大声を出して、その戸を力一杯ガラガラと開けたのだと思う。そのまま行き過ぎなくてよかった、ただその感激だけが稲妻のように身体の中を貫いていた。
山小屋には人がいっぱい居て、温かそうだった。早速カマセン(鎌仙)に話をして赤城さんの言葉を伝えた。私は嬉しくて嬉しくてどう振る舞ったらいいか分からず、ただ何かしゃべり続けていたことを覚えている。このとき時刻は夜の9時を既に回っていた。
カマセン(鎌仙)は付ききりで私に何か言い続けているが、最初何を言われているのかよく分からなかった。落ち着いてくるとカマセン(鎌仙)の言っていることが分かってきた。今日は眠ってはいけない、足と手をこすり合わせ続けていなさい、眠ってしまうと凍傷になってしまう、と言っているのだ。だが、次第に襲ってくる眠気には耐えられず、私はとうとう眠りに落ちてしまったのである。

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コメント

カマセンの雰囲気、断固とした口調、早朝、オキネセイーというような調子で登山客を、起こす様などを思い出します。
 それにしても、早々に降りてきて良かったですよ。また、若さとは、たいしたものだなーと感心します。
 高校3年の時、北岳へ行く前、場生松さんと雲取山に出掛けたことを覚えていますか。北岳物語もそろそろ書きましょう、二人の共同執筆で、どうですか。
 ではまた。

投稿: 進藤和丸 | 2004.02.25 09:46

雲取登山の記事、極めて鮮明ですね。リアルですよ、冬の積雪2000mの夜さぞかし危険と隣あわせだったのでしょう。
 貴兄と出掛けた、白根の北岳を思い出します。だが、よくも一人で雪の雲取に、出掛けたものですね、感心します。
 今年の夏、雲取にでも登りましょうか、倉敷から車で何処かへ1週間程度使って旅に出る予定なので、企画してみましょう。
 古希の登山ですから、コースタイムの倍の時間をかけてユックリと行くのです、そうすれば登れる筈です。
ではまた、さようなら。

投稿: 進藤和丸 | 2004.02.24 09:45

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