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2004.02.13

四象八卦:「易経」二万数千字を四ヶ月で暗誦

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「易断に見る明治諸事件・西南の役から伊藤博文の暗殺まで」片岡紀明・中公文庫 に依れば、高島嘉右衛門が易に目覚めたときのことを次のように書いている。
「かれは、獄中で得た「易経」をくり返し読み、読んで暗誦し、暗誦した個所を自分なりに考えてみる。それをくり返し、くり返し、さらにくり返して、かれはその二万数千字を四ヶ月で暗誦するにいたった。かれは心の底に、稲妻のようなひらめき、雷鳴、震動させるものを感じた。
その瞬間、「妖夢たちまち覚め、精神の広大さ意思の壮快さ、一身が天地と一体になったように感じた。生死が自分にあることなど、まったくわからなくなった」のである。
それが文久元年(1861)、嘉右衛門、30歳のことだった」
この高島嘉右衛門が読んだ「易経」というのはどのようなものだろうか。「易の話」金谷治・講談社現代新書に依ってみてみると、次のような書き出しから始まる。
「儒教重要な教典の一つとして五経の筆頭に置かれた「易経」はうらないの書であると同時に、深遠な哲学をもつ書でもある。」
これを更にみてみると、「易経」の成立の過程で特に私の目を引いたのは、「易」の成立についての有名な伝説で、次のところである。
「すなわち、伏犠は八卦を作っただけでなく、さらにそれを重ねて六十四卦とし、文王は紂のためにとらえられて幽囚の身となったが、その艱難のなかで卦辞を執筆し、文王の子の周公旦がそれを補って爻辞を執筆したというのである。」
ここで私は、高島嘉右衛門が獄中にあって目覚めたときのことと、文王が幽囚の身で艱難のなかにあったこととが、易の世界を体現することにおいて、重要な敷居であったのではないかと思うのである。
64卦象の易の世界にまず身を置くところから、高島嘉右衛門は太極を見る逆旅に出たのだと私は思う。

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