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2004.02.03

敷居と敷居学とパサージュ散歩

2004.02.01 14:38.JPG

敷居は日本で生まれたのだろうか、お寺の門にある敷居は中国からやって来たのではないだろうか。
中国の敷居を知るために中国人である私の師匠を訪ねた。山東省には最近まで敷居のある屋敷の門などが残っていたが、取り壊されて今風の建物に変わり、敷居は無くなったそうである。この敷居は取り外し式の敷居で高さが50センチくらいもあって、子供のころは出入りに苦労したそうである。
お寺の門にも高い敷居があって、昼間扉を開けているときには敷居も外し、休む時と夜にはこの重い敷居を取り付けて扉を閉めたのだそうである。この敷居は境界を示しているものなのだそうである。
ネットで検索してヒットした中に、 前川 修:メニングハウス「敷居学 ベンヤミンの神話のパサージュ」 というのがあった。前川 修の評言をみると、メニングハウスは、「敷居」とは通常、空間や時間を分け隔てている縁や境であると見なされているが、ベンヤミンにとっては逆に「敷居」は、異質な領域をつなぐ媒体(メディア)であったとし、ベンヤミンは敷居学の実践者(あるいは都市の街路をすり抜けていく遊歩者)だとしている。
評言はまた、メニングハウスはベンヤミンを「パサージュ(通過、移行)」の人と見なした結果、彼のテクストは無数の通路(パサージュ)から織り成されたハイパーテクストなり、読むものをさらに無数の通路へといざなうメディア=敷居となる、とした観点に立っているいう。
ここで私の注意を引いたのは、「敷居」が人間にとって通常であり、日常の通路の至るところにあり、その日常の通路は敷居を伴って非日常の迷路にも繋がっているらしい、ということである。
ネットでまた、日常のパサージュ散歩というのが見つかった。 中村浩美のページ によると、パリで、新しい愉しみを見つけた、そうである。パリにパサージュが出現したのは18世紀末、ガラス張りの屋根を持つ商店街でギャルリ(歩廊)とも呼ばれ、19世紀には40ヶ所ほどあったそうである。20世紀にはすたれてしまったが、近年見直されて17ヶ所ほどが現存しているそうである。
こうして私の散歩道も Musashino の Promenade から敷居を越えてパリのパーサージュまで、ネットを通過して広がりを見せ始めている。

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