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2004.03.06

光ファイバーと道と敷居

2004.03.02 15:32.JPG

敷居について探求の旅に出て、色々な道を通って易にまで辿り着いた。インターネットを楽しんでいても深く気にしていなかったが、意味のある信号としての情報は全て道を通って行き来している。情報は空中を電磁波に乗って飛んでもいるのだが、道に似ているファイバーで考えてみたい。
金属の線を道として、その中を信号が電圧の高低となって流れているというのが分かりやすい例えである。動くものがあれば動いた後を道というように、道は後から自分と同じものが続いてくることを予想しているともいえる。たくさんの同じものが通り過ぎると、道が完成されたという。だからものが動けばその後には必ず道が残るのである。
金属の線から光ファイバーとなり、その中を電子の代わりに光子が通り過ぎている。道の中を通っているものに違いがあるとすれば、高速道路の中を自動車が走るのとは違って、光子は前を走っている光子を追い抜いたりはしない。出発した時の順序は最後まで厳密に守られているのである。
光子は旅人の年齢に似ていて年齢を追い越すことは出来ない。また光ファイバーは高速道路よりも鉄道のレールウエイの方に似ているのである。
しかし、光子の集団である信号の旅人は早い信号もあれば遅い信号もあって、結果的に信号としての旅人は別の信号に追い抜かれることもあるが、追い抜かれたからといって追い返すことは絶対に無い。
だから、電車同士は追い抜かないが、旅人同士はタクシーのように追い抜くこともあるという、ややこしいことになっていているのである。
仮想電子空間といって、インターネット空間のことを私は友人に説明しているが、光子が走っている空間としては現実空間であることに間違いはないと思う。光子が走っている現実空間の道である光ファイバーは、だから現実の道なのである。
そして敷居であるが、至る所に設けられているゲートとして、それは存在していると私は思う。
時間が来たので、つづきはまたにしよう。

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