« 「体の中の原始信号」を読む-13 | トップページ | 「非常災害時マニュアル」を作成してなかった »

2004.03.21

視界内の映像の消失と道と敷居

明け方目を覚ました時、ぼんやりとした視界の中になにかが現れていた。
よく見ると、それは小さなやや赤い色の明るい窓のようなものであった。いつものことなので無視しようとした時、ふと思いが浮かんできた。これは敷居なのではないか、この敷居をまたぐと次に続く道が見えるかもしれないと思ったのである。

そのとき、窓の中に何かが動いて消えた。いつも起こっていることなので気にもしていなかったが、ここでも思いが浮かんできたのである。これは雑念なのかもしれない、脳が永いこと活動を続けているので脳内回路が雑然とした状態になっているのかもしれないと思ったのである。
昨日、気になることがあった、それは私のパソコンのハードディスクが最近疲れていることである。ハードディスクにアクセスすると、ディスプレイのうえでポインターがぐるぐる回りつづけ、ハードディスクのアクセスランプが長々と瞬きっぱなしになっているのである。それで、フラグメンテーションがひどくならないうちに、それを解消してリフレッシュしなければならないな、と考えていたことがあったのである。
最近私は朝方によく夢を見るようになった。何でこんな夢を見るのだろうかと、夢を覚えている時にはしばし考えることがある。理由が分かった気がするときには、だいたい前の日の出来事が原因である場合が多い。
窓の中に次々に現れてくる映像は、明瞭なときもあれば何か分からないときもある。このとき、この映像を出てくるたびに消すという思いもよらない想いが浮かんできた。映像はたちまち消え去っていき、瞬く間に後が続かなくなって映像は消滅し、窓はしぼんで閉じてしまった。この快感は癖になりそうな気がした。しかし、この敷居を越えた先の道はまだ見えてきていない。
ひとまずこの辺で。

|

« 「体の中の原始信号」を読む-13 | トップページ | 「非常災害時マニュアル」を作成してなかった »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12847/332163

この記事へのトラックバック一覧です: 視界内の映像の消失と道と敷居:

« 「体の中の原始信号」を読む-13 | トップページ | 「非常災害時マニュアル」を作成してなかった »