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2004.03.24

「非常災害時マニュアル」を作成してなかった

2004.03.24 12:59.JPG

今日は久しぶりに散歩に出て喫茶店に寄った。散歩に出るのは3日ぶりである。あしかけ3日もクラッシュしたパソコンの復旧に費やしてしまっていたのである。復旧するのに時間がかかったのは、しばらくクラッシュしていなかったので復旧の仕方を忘れてしまっていたことにもあった。

3月22日は朝からパソコンを使って作業をしていたが、午後になって使い方が激しかったせいなのか突然 Finder が落ちてしまった。こんな時にいつもやっている再起動をしたら起動しなくなってしまい、常套手段のPRM クリアーをすると Mac 9.2 が起動してくる始末、 Mac 10.2 を CD で再インストールする羽目になってしまった。
「非常災害時マニュアル」を作成してなかったので、ただ記憶に頼った試行錯誤が始まり、以前行っていたことを繰り返して跡をたどり、解決手段を思い出すまでに過去に費やしたと同じくらい時間をかけてしまった。以前復旧に成功したとき、すっかり復旧方法を理解して身に付けてしまったので、ドキュメントを作るまでもないと思ったのである。だが災害は忘れた頃に確実にやってきた。そのとき私の方は、復旧方法を思い出す手掛かりを確実に忘れてしまっていた。
ドキュメントは作らずともメモ程度のものは残しておいたはずであるが、それもハードディスクの中に置いてあるので役に立たない。そうでなくても整理の仕方がとても下手だと、私はいつも悲観している。書いたことはおぼろげながら覚えているのだが、どこにそれをしまってあるのかが私に取っていつも大問題になっているのである。この癖は少しもなおらない悪いくせになっている。
このことで、私には何時も言われていることがある。あなたの整理の仕方が下手なのを見ているとパソコンの中の整理の仕方も想像が付く、同じことをやっているんですよきっと、と言われているのである。自分でも全くその通りだなと思うのだが、あえて逆らってみる元気は出てこない。
頭の中の状態と頭の外の状態は相似的なのかもしれないな、と時々思ったりする。私のこの忘れっぽい状況は、私の身体のどこかに原型があるような気もするが、それを見つけた気になったことはない。
私は何かに夢中になると、いつも物や記憶がなくなってしまうことがおおい。ひどい時には半日探していて、見つかった頃には何をしようとしていたのかを忘れていることがある。心配をかけるので、人には余り言わないがどうも知っている人は知っているらしい。あきれているらしくて何も言われなくなっている。言ってくれる人は非常に少ない。
このようなわけで、ここしばらくは「身体の中の原始信号」とは別の本を読んで気分を変えてみたいと思っている。

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コメント

>進藤和丸さん
御覧いただいてありがとうございます。災害は忘れた頃に来ました。
今、何を忘れているのかが心配になっています。

投稿: kojima | 2004.03.24 22:02

大変だったようですね、いつも見慣れている貴兄のプログがないのでどうしたのかと思っていました。
 災害は、忘れた頃に必ず来る、小島さんも小生も現役時代は風水害には悩まされたはずです。情報手段が故障したら全く困ります。私の家の恐怖は停電です、完全電化住宅ですから。
 現代は、地震などの災害にテロなどのどうしようもない災難も起こりつつあるのです。
 兎も角、お見舞い申しあげます。広島に住んでいた頃は、災害ボランテイアをしていましたが、倉敷ではしてません。
 ではまた、さようなら。

投稿: 進藤和丸 | 2004.03.24 21:28

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