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2004.04.13

「体の中の原始信号」を読む-17

04.4.11 15:46.JPG

第4章中国医学におけるシンボリズムー間中喜雄、1「シンボリズムと信号効果」に入る。先ず、「シンボルとリアリズム」において「シンボルの語源はギリシャ語のシンバレン(symbolon)で、これは割り符を意味する。」としてマフィアの麻薬取引を例に揚げ、「割り符そのものには意味がないが、割れ目が合うという点で、割り符は相手が麻薬取引の当事者であることを象徴するようになる。従ってシンバレン(割り符)からシンボル(象徴)に転じたのも納得できる。」としている。

著者はいう、「人類の文明文化の発展の中で、シンボリズム(象徴主義)はリアリズム(現実主義)と一つの対照をなしてきた。」と。そして医学の世界では、殊に現代医学においては、シンボリスティックなものはほとんど排除されつつある、としている。
「中国医学の診断法に見るシンボリズム」では、「しかしながら同じ医学でも、伝統的な中国医学になると、シンボリズムと切っても切れない関係になっている。」のであるが、「現代医学を学んで中国医学に首を突っ込んだ者たちに、このシンボリズムにかかわるものはいちばん評判が悪いようである」といっている。
そして、著者が中国医学を学んだ時の例を挙げて六部定位の脈診という診断法にふれ、現代医学を学んだ者にとって、なぜ中医がそんなあやふやな診断を本当に信じて治療しているのか、想像もつかないことだと思う、と述べている。
「さらに不思議なことに、そのシンボリックな診断ならびに治療では、肝臓を治療しているつもりが、それとは関係のない、難治性のいろいろな症状が突然消失するということもある。」として例を述べ、「このように、体表の所見を一見無関係なつながりのように思われる内蔵の状態のシンボルとして把握するのが、中国医学における診断学の特徴であり、これは明らかにリアリズムとは相反するものの見方だといえよう。」としてる。
ここまで読んで、私は私の観点から考えてみたい。著者は、体表の所見を内蔵の状態のシンボルとして把握するのが中国医学における診断学の特徴であるとして、この結論に至るまでの過程を述べているが、シンボルとしての所見から内蔵の状態を診断するためには、シンバレン(割り符)が長い経験から集積され続けていなければならないと思う。つまり、古典をはじめとする中国医学書がそれに当たるものと私は思う。

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