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2004.04.14

「体の中の原始信号」を読む-18

04.4.14 12:21.JPG

第4章の1「シンボリズムと信号効果」の中の「陰陽という特性」において著者が注目しているのは、「中国陰陽理論ではあらゆるものは(生きているものはもちろん、死んでいるものでも、また全体の一部分においてさえも)陰陽の特性を持っているとされている。」というところにある。

著者は、天地の例、十干十二支の例を挙げて、十干十二支の文字について「誰がそういう文字をどういう理由で選んだのかという釈明はどの文献にも記載されていないが、このような法則で各文字に陰陽が配当されているということは注目に価するのではないかと思う。」としている。
更にこれを紙の上に点を打つことで陰陽を確かめ、「従って数の陰陽は奇数が陽であり、偶数が陰であるという中国医学の法則にはリアリスティックな拠り所があるということになる。」としている。
そしてこれらから、「したがって、昼間は陽で、夜は陰であるというような考え方が起こってくるのである。」といい、さらに陰陽は決して固定的ではないとして例を挙げ、陰の陰が陽に転ずるのが陰陽理論の面白いところであるとしている。
私は私の観点から考えてみたい。中国の陰陽理論で、あらゆるものが陰陽の特性を持っているというのは重要である。これを陽のものを見つければどこかに必ず陰のものが見つかると考えてみたい。つまり、北極が見つかればどこかに必ず南極があるという風にである。この例は枚挙にいとまなく、陰陽のないものを探すのが難しいということが分かる。
このように認識において陰陽が存在するのは、認識の対象自体に陰陽が存在していると考えられ、単位の「もの」に陰陽が備わっているからであると私は思う。つまり天体から素粒子までを考えてみても分かるように、どのような場面にでも陰陽が存在しているのである。
これは、太極から両義の発生を考えてみると、無(太極)から有を生じたときには生じたものの総和が無(太極)になるということである。太極というのは従って陰陽がないので無なのであり、両義(2分割)を生じなければ陰陽は現れてこないのである。
別の例えでは、ものを2分割することで見てみると、一方が陽で他の一方が陰になり、その和は元のものであるということなのである。つまり陰陽は、存在自体に内在している存在そのもののあり方(特性)であるということが出来るであろう、と私は思う。

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