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2004.05.11

「漢字百話」を読んで・道とは恐るべき字

04.5.9 12:17.JPG

「道とは恐るべき字で、異族の首を携えてゆくことを意味する。金文の道の字は導の形にかかれ、首を手にもつ象である。」とあるのを読んで、改めて「象徴の意味を理解しないかぎり、古代文字の世界の扉は開かれることはない。古代文字において、象形はおおむね象徴である」と、象徴の意味を肝に銘じることになった。

道については、老子の、道可道、非常道、(道のいうべきは、常の道に非ず)に現れている道、釈迦の前の仏の歩いた道を私も行く、歩いた後に出来るのが道である、などに現れている道を考えていただけであった。古代中国でこの道という文字が出来たときの、この象形に込められていた象徴の意味を知って、私は茫然自失した。
著者白川静は「それは戦争などのために敵地に赴く軍を、先導するときに用いられる。そのとき異族の首を、呪具としたのであろう。首狩りの俗が行われたのも、そのような呪的行為に用いる必要からであった。」という。
ここを読んで、道という文字は、象形をほとんど変えずに象徴的意味を時代と共に大きく変容していることを知った。
ここで象形文字ではないがロードマップという文字を思い出した。イスラエルとパレスティナの道も、イラクの道も、古くはローマの道も、アレキサンダーの通った道も、鎌倉の道も、道はやはり軍事的解決に関係する道なのであろうか。平和解決の道というのは自己撞着なのであろうか。
もちろん中国の道教、日本の神道に現れている道とう文字が最も重要であると思う。だが、ここに現れている道についての纏まったイメージは、まだ少しも浮かび上がってこないのである。ただ、今までの漠然とした道についてのイメージが色を失って、音もなく崩れ落ちているのが分かるだけである。

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