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2004.06.07

「天皇はどこから来たか」を読む01

04.6.2 12:51.JPG

だいぶ前になるが、長部日出雄の「仏教と資本主義」新潮新書を読んで面白かったので、Amazonでこの長部日出雄の本を探して見たことがあった。そのとき「天皇はどこから来たか」というこの本を見つけたのである。

第1章から第6章まではそれぞれ面白かったが、第7章からの空想の旅が非常に面白い。ここでは、第10章「天照大神の発明」を覗いてみたい。著者は、古事記と日本書紀の謎を追って空想の旅を続けているとも言えるが、先ず著者の話を聞いてみよう。
著者は言う。「自分たちの王権の正当性を述べるのが主眼であるはずなのに、記紀には策略を用いての騙し討ちが目立つ。少年ヤマトタケルは、美少女に変身して、クマソタケルを刺し、イズモタケルとは偽って親友の契りを結んで、太刀の取替えを提案し、贋刀を手にした相手を打ち殺す。そして騙された強敵を嘲笑う歌をうたっている。武力による集団戦の勝利にもまして、知謀をもちいた奇策縦横の個人的な戦法にも、価値を認めていた証拠であろう。ぼくの考えで、これは農民というよりも、狩猟民の性格である。」と。
更に話は続く。「神武東征の物語にもどれば、山中の宇陀から、山麓に近い忍坂の岩窟に達して、そこに棲む土蜘蛛のヤソタケルを討とうとしたとき、まずかれらに馳走を供して懐柔し、歌を合図に、膳手(かしわで・料理人・給仕人)に変身していた久米部が飛びかかることにした。その合図の歌はーーー。
忍坂の 大室屋に
人多に 来入り居り
人多に 入り居りとも
みつみつし 久米の子が
頭椎 石椎もち 撃ちてし止まむ
みつみつし 久米の子等が
頭椎 石椎もち 今撃たば良らし
(忍坂の大きな岩屋に、人が大勢集まっている。どんなに多かろうと、勇ましい久米の兵が、木槌や石槌をもって、打ち殺してしまおう。勇ましい久米の兵が、木槌や石槌をもって、さあ、撃つのはいまだ)」と。
更に続く。「この歌のなかの「撃ちてし止まむ」という言葉は、われわれの年代以上の人間には複雑な感慨を呼び起こす文句である。「大東亜戦争」(あえてそう表現するが)の最中、「鬼畜米英」「撃ちてし止まむ」というのは、町中のいたるところで目にする標語であった。そのときは、騙し討ちの合図の文句とは知らずに、ひたすら勇壮な気持ちを掻き立てられていたのだけれどもーーー。古代の歌に呪文の役割もあったとすれば、その呪縛は遥か後代にまでおよんでいたことになる。」と。
これを読んで私は私の観点から考えてみたい。まず、「騙し討ち」であるが、今も霞が関は言うにおよばず、アメリカ・アフガニスタン戦争、アメリカ・イラク戦争でも、イギリスも、つまり世界中で行われているのを見ると、人類に反省の色どころか勝てば正当という考え方が正統となっていて、神話の真理に触れた思いがする。
「撃ちてし止まむ」という言葉は、「大東亜戦争」中に日本中で国民が大合唱していたことを思い出したほうが良い。「騙し討ち」はだから戦うものにとっては正当な手段なのである。テロだけが非難されているのも、つまりその非難が実は「騙し討ち」であることもまた、日本人は思い出し、知るべきである。
現在、アメリカが「撃ちてし止まむ」という古代日本の呪縛を、なぜか体現しているという、神話を待たない国アメリカの、現代の神話的悲劇の始まりを予感するのである。
今日はここまで。

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