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2004.06.08

「天皇はどこから来たか」を読む02

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今日は私が気に入った文章を読んで、私なりに考えてみたいと思う。第12章「天皇のきた道」は、「神はいて、神社はあるが、教義がはっきりしない。けれども、ご神体はたしかに存在していて、それは鏡である。」とはじまっている。

著者は「日本教の神様は、取り替え可能なのである。」と述べ、つづけていう。「他の国国は、それぞれ教義がはっきりした特定の神によって、いわば縛られているのに、わが国だけはどんな神でも取っ替え引っ替え、ビデオのカセットを入れ替える程度の簡単さで受け入れられたことが、つい先頃まで世界をリードした目覚ましい経済発展を可能にした。多くの国の人々が、疎ましくおもい、不気味に感じている日本の顔のなさ、曖昧さこそが、経済発展の原動力だった。」と。
更に続けて著者はいう。「そしていまや、世界中どこにも真似できる新しい神様がいなくなって、茫然と立ち竦んでいるのが、今日のわが国の現状なのである。これは建国以来、わが国がはじめて遭遇した未知の事態であるといってよい。神殿はあるが、確たる教義はない。それは、中身とほとんど無関係に、巨大な神殿のような文化会館のたぐいが、日本中に続続と建てられ、外側のハードは世界でも抜群の早さで器用に作れても、そのなかに入れる文化的に卓越した内容のソフトは、いつまで経ってもなかなか生まれない、といういまのわが国の深刻な様相にも、如実に現れている。」と。
私は私の観点から考えてみたい。日本人自身の意識の中には神も仏も区別なく、頼みごとをする時にその頼みを聞いてくれれば神でも仏でもいい、そういう形で神は存在していると私は思う。つまり、日本の国の自然は決して日本人を見捨てたりしないという心の底の確信があって、そのことが日本人たらしめていると思うのである。
日本人は世界の中で極めて理性的理知的であるといわれているが、また日本人は世界の中で極めて曖昧であるともいわれている。そして、曖昧な理知と理知的な曖昧さとのバランスをとることのできる感性を、子供の時から持っているのが日本人である、と私は思う。
それはこの島に暮らす日本人が、神を無数に持って憚らないところにあると私は思う。つまり、火山の噴火があり台風があり、旱魃があってもなお調和が取れていると感じる自然と共に日本人はある、と私は思うのである。日本の神はそもそも調和のとれた自然を現す八百万の神なのである。
だが、その自然を壊している現日本人は、外国から受け入れる神がないのを心配するばかりではなく、自国の自然からも八百万の神の住み家を失いつつあることの心配もしなければならない、と私は思うのである。
今日はこれまで。

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