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2004.06.27

複式簿記の思いで-04 複式簿記をつけははじめる

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「複式簿記の黙示録」のまえがきを続けて読んでみると、「この国際会計基準が実施された場合の経済社会への影響は、はかり知れないものがある。」と岩辺晃三は述べている。
私はその後を少し追ってみたところ、この「複式簿記の黙示録」が出版されたすぐあとの、1996年11月、橋本首相によって金融制度改革の「日本版ビッグバン宣言」がなされ、1997年6月、大蔵省企業会計審議会は連結中心主義への方針転換宣言を行っていることが分かった。
続いて岩辺晃三は「ところで、会計の果たす社会への役割や影響には大なるものがある。会計は経済活動にあらわれるカネ(貨幣)の流れとモノ(財・サービス)の流れを忠実に記録し、経済活動の結果を貨幣額によって総合的に把握するものである。家には家の会計、つまり家計簿があり、国には国の会計、つまり財政がある。また企業には企業会計が存在する。そして、それぞれの経済組織体の会計には、真の事実が記録されているのである。」といい、続けて「この会計は、時には政治の根幹にふれることさえある。会計帳簿には、歴史の真実が暗黙に語られているといえる。したがって会計を通して歴史をみると、思いもかけない歴史の真実がみえてくるものである。「国際会計基準」の導入をめぐってさまざまな議論の起こる今日、会計を歴史を通して考え、会計を通して歴史をみることが重要であると考えるしだいである。」と述べている。
私は、会計を通して歴史をみるという岩辺晃三の視点に、大いなる興味を感じ、これからの展開に期待したのである。

「MAC会計Mark ll」操作マニュアルをみながら、当時の私の操作状態を迫ってみたい。試行錯誤の成果が上がってきたのか「仕訳会計編」のなかの「日常会計業務」には、日を追うごとに慣れてきていて、毎日が楽しみであった。
そんなある日、試算表を作成してみたところ借方と貸方の貸借合計が合っていないことに気が付いて、大いに途方に暮れたことがある。決算書、財務報告書、などについては全くその内容が分からないまま、複式の2つの部分である借方と貸方が常に一致しているものであると漠然と考えていただけであったから、なぜ借方と貸方が一致していないのかを探しだす方途も、しばらくは思いつかなかった。
何度も数字をチェックしているうちに、貸借合計の差の金額が先輩から引き継いでいた現金の残高と一致していることが分かった。だが、それが何を意味しているのかも想像することができなかった。思い余って「MAC会計Mark ll」の発売元に電話してことの顛末を話してみると、じっと聞いていた若い女性の担当者は”それは税務署にお聞きになったほうがいいと思います”といった。私は、”税務署は苦手だから教えて下さい”と頼み込むと、”資本金はどうなっていますか”と聞かれたので”資本金はありません”と答えた。
彼女はしばし無言であったが、”それではその引き継いだ現金の残高を資本にされたらいかがですか”といった。私は、その言葉を聞いてはたと気が付いた。つまり相手方科目のない金額が計上されていたことが原因だったのだ。彼女にお礼をいうと、早速引き継いだ残高の現金を資本金としたところ、見事に借方と貸方の貸借合計が合って、複式簿記のバランスシートという側面をほんの少しだけ覗けた気がしたのである。
そういうことで、引き継いだ現金の残高を資本金にした団体の複式会計簿記をつけはじめることができたのである。
今日はここまで。

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