« 「鉄道物語 はじめて汽車に乗ったあの日」を読む-2 | トップページ | 正四面体の展開図は必ず平面を充填する »

2004.06.15

「鉄道物語 はじめて汽車に乗ったあの日」を読む-3

040615_1411.JPG

「路面電車」112ページに「チンチン電車」とある。すぐに都電を思い出した。東京都になったのは第二次大戦中の昭和18年であるから、当時の年配者は市電といていたが、戦後はもちろん都電なのである。

新宿でも銀座でも、都電は広い道の真ん中を堂々と走っていた。その道には一緒に都バスも民間バスも走っていた。終戦当時は自家用車はほとんど走っていない。たまにトラックくらいは見かけたように思うが、走っているのはもっぱらチンチン電車とバスであった。
都電が走っているところはレールの周りだけ石畳になっているが、バスは未舗装の土の道も走っていたのである。土の道はバスの轍で掘れ、雨の日などはしぶきを飛ばすのが当たり前の時代であった。
都電には男性の車掌さん、バスには女性の車掌さんが乗っていて切符を切ってくれた。車内に入ると、内装は木製で天井と床の間に何本かの金属ポールが立っていて、つかまっていることが出来た。
私は新宿や神田の辺りによく行っていたが、いつも都電に乗ることにしていた。バスに乗ると、バスガールの声をよく聞いていないと目的地に降り損なってしまうからだ。
都電は停留所に人がいようといまいと必ず停まる。ところがバスの場合は、乗客が”降ります”と言わなければ、停留所に待っている人がいないときには停まらないで通過してしまう。
バスガールに、独特な歌うような言い回しで停留所の名前を言われても、慣れないと何と言っているのかとても分からない、分からないようにわざと言っているとしか私には思えなかったから、バスには極力乗らないことにしていたのである。
実は、うっかりしていたのか、停留所の名前を聞き損なったのか、バスに乗っていて乗り過ごしてしまうこと多く、いつも緊張しているのがたまらなく煩わしかった。緊張が切れたときにかぎって、降りるべき停留所の名前が叫ばれていて、聞き損なうのである。
今、バスに乗っていても目的地に降り損なうことはない。これだけは大進歩していると、バスをたたえたい気持ちである。

|

« 「鉄道物語 はじめて汽車に乗ったあの日」を読む-2 | トップページ | 正四面体の展開図は必ず平面を充填する »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12847/774191

この記事へのトラックバック一覧です: 「鉄道物語 はじめて汽車に乗ったあの日」を読む-3:

« 「鉄道物語 はじめて汽車に乗ったあの日」を読む-2 | トップページ | 正四面体の展開図は必ず平面を充填する »