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2004.07.13

「暦の知恵・占いの神秘」を読む-01

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家を建て替えた時にほとんどの本を売ってしまったが、後で読もうとわずかに残した本がある。その中の1冊に「暦の知恵・占いの神秘」永田 久・日本放送出版協会がある。最近、暦や占いについて話を聞く機会があって興味が湧いてきたこともあり、書棚を探してみたのである。

「六十干支が一回りすると再び始めに戻るが、六十干支の始めは「甲子」であるために、甲子の年には政治上の変革が起こるとされていた。これは「甲子革令」といい、中国で紀元前一世紀に始まった「讖緯説」に由来している。「讖」とは予言、未来のことを記したものをいい、「緯」とは儒教の教典や吉凶禍福などを解説したものをいう。讖緯説は、論理や数理によって国家や人間の未来を予言するものである。前漢の哀帝の時、王室が衰運に傾いた際に、讖緯説を信奉する夏賀良・解光らが年号を改めるよう主張し、哀帝は建平二年(前五年)に改元して太初元将元年とした。これを契機として讖緯説はたちまち中国全土に拡がり、新の王莽、後漢の光武帝はその信者となって政治改革を行った。」
私は、六十干支が中国思想の根源にあることを改めて思いだしている。中国思想を理解しようとするためには、第1章「十干と十二支の知識」を読まねばならない。続いて著者永田久は次のように述べる。
「この讖緯説は推古天皇十年(602)、百済僧観勒によって、日本にもたらされた。讖緯説の中に、六十年を「一元」とし、六十干支の最初に当たる「甲子」は一元の始まりであるので、年改まるゆえに革令の年であると述べられている。推古天皇十二年(604)に聖徳太子が十七条憲法を発布したのは、「甲子」の年を期したものであった。讖緯説による甲子革令の思想は、日本にも受け入れられて、甲子改元が行われるようになった。」
私はむかし、「きのえね」という言葉の響きに面白さを感じたことを、漢字の「甲子」とどうしても結びつかない不思議さとともに、よく覚えているのだが、今もそのままなのである。
「日本の年号は大化(645)から平成まで、246回の改元が行われ、その間甲子は二十三回あったが、甲子改元は十五回行われている。」
ここまで読んでくると、むかしの日本の人々は中国文化をそのまま自分たちの文化として理解しているようにもみえる。仏教のお経のように、中国から輸入した当時のまま封印されているようにも私には見える。
中国において、讖緯説はその後どうなっていくのであろうか。

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