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2004.07.14

「暦の知恵・占いの神秘」を読む-02

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第6章「暦と元号」の「辛酉革命」において、著者永田久は次のように述べる。
「讖緯説によるもう一つの改元は、「辛酉改元」である。讖緯説によると、「辛酉」は五行の金気が重なるゆえに革命の年であるという。さらに、六十年を「一元」として、「二元」(120年)、「四元」(240年)毎に大変革があり、二十一元を「一蔀」として一蔀(1260年)及び一蔀一元(1320年)には一大変革が起こると述べられている。」
続けて著者永田久は述べる。
「この、讖緯説によって王朝革命が辛酉の年に起こるという理論が、平安時代、文章博士・三善清行によって提唱され、醍醐天皇の昌泰四年(901)辛酉の年を延喜元年と改元したのである。」
延喜といえば私は「延喜式」を思いだした。秩父神社も延喜式の中の神名帳に記載されている「延喜式内社」である。
更に続けて著者永田久は述べる。
「この辛酉改元は、醍醐天皇の時代に始まり、現在まで十九回の辛酉年の中で十六回行われている。」
戦後の辛酉の年を調べて見ると1981(昭和56)年が辛酉の年であり、つづいて1984(昭和59)年が甲子の年である。 幕末の混乱期である1861(文久元)年(辛酉)〜1864(元治元)年(甲子) から数えると三元目にあたる。
更に続けて著者永田久は述べる。
「この辛酉革命理論をよりどころとして明治時代に日本国は神武天皇の即位をもって建国とするという論理の上になり立ち、その根拠を日本書紀の「辛酉の年春正月庚辰朔、天皇橿原宮に即位し、是歳を天皇元年となす」という記述に求めている。推古天皇九年(601)は辛酉年で、大変革の起こる 一蔀(1260年)さかのぼると、紀元前660年となる。こうして聖徳太子がこの年を 神武紀元 と定めたというのである。また、天智天皇即位が661年であり、一蔀一元(1320年)さかのぼると紀元前660年になることも符合する。この神武紀元説が歴史学者那珂通世によって提唱され、明治五年十一月十五日「太政官布告三四二号」によって制定されたのである。「今般太陽暦御頒行、神武天皇御即位ヲ以テ紀元ト被定候」
略・・・・・
こうして制定された神武紀元は法律的にはまだ取り消された形跡がない。とするとまだ生きているわけである。済し崩しのままに放っておいてよいものだろうか。」

私は、昭和15年の「紀元は二千六百年」祭典とその歌を微かに覚えている。その後、神武紀元について考えたことはなかったが、自らの歴史を持たぬものがこうして身を飾っていたのかと思うと、江戸時代に生まれた明治人の虚勢を張った背伸びした姿がほほ笑ましく浮かんでくる。

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