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2004.07.17

「暦の知恵・占いの神秘」を読む-05

このシリーズは最初に、いつも気なっていた「暦」と「甲子」から第6章の「暦と元号」を選んで読んできたが、改めてこの本の最初から目を通してみたいと思う。著者永田久はこの本の冒頭で「暦への問いかけ、そして暦の歩みを知ることは、人類の知恵の歴史との感動的な出会いとなるであろう。」といっている。
第1章「十干と十二支の知識」の「<干支(えと)>とはどんな意味?」において、著者永田久は次のように述べる。
「「干」という文字は、先が二股になった棒の象形文字で、的をついたり、身を守るための武器を意味していた。干戈は、盾と矛から転じて戦争の意味となり、干渉は、武器を持って押しかけて関わりをもつことである。のちに、武器としてもちいた棒を並べて、それを数に対応させるようになって、ものを数える言葉として使われるようになった。若干とは、かくの如き数、つまりいくらかの数であり、如干は、文字通り一に始まって十に終わる何らかの数を意味する言葉である。「干」は一個、二個と数えるときの「個」と同じ意味になったのである。」
私は読みながら思った。古代中国では、戦争が人間にもたらす影響というものの大きさは、現在以上に強烈であったのだ。ものを数える始めは「員数合わせ」で「干」を使い、ここには説明されていないが、いつのまにか抽象化されて「個」の誕生となっていったのであろう。漢字は象形文字であるから文字の中に「歴史」が凝縮されているので素晴らしい。
更に著者永田久は述べる。
「一方、「支」は、一本の枝を手に持つさまを示す会意文字で、支流、支店などのように一つの<もと>から枝分かれした「区分」を表し、また支柱、支持などのように下から支える意味を持っている。ところで、干と支をいっしょにした<干支>とは、元来「枝と幹」の意味であったのが、のちに十干と十二支が制定されて、その組み合わせを<干支>というようになった」
私は読みながら思った。「支」は木の枝の象形から「区分」の意味が抽出されるようになり、十干である10個と十二支である12区分が制定されたのち、再び「個と区分」を表す文字として組み合わされたというのは、分かりやすくて素晴らしい。
更に著者永田久は述べる。
「<十干>も<十二支>も、そもそもが日や月を数えるのに使われた数詞で、伝説的には、中国最古の皇帝といわれる黄帝が、部下の大撓に命じて作らせたといわれている。確かなところでは、すでに殷の時代に使われていたと考えてよいだろうが、始めは<十日十二辰>といわれていたのが、のちに<十母十二子>という結びつきの強い対語となり、後漢(25〜220)の頃から現在の<十干十二支>に定着したといわれている。
さて、十干とは、
甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
十二支は、
子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥
をいう。」

私はここまで読んで思った。日と辰、母と子、干と支と変わってきていることに思いをはせると、天と地の具体的な観測から抽象的な干支に定着するまでの、長い長い知の旅の姿が浮かんでくる。
また、日辰、母子、干支のそれぞれが経緯に展開されるときには、どちらが経でどちらが緯であったのであろうか、取り変わったことがあったのであろうか。
干支を数の表としてみると、10進法、12進法、60進法が含まれていると思われる。更にこの表の中からは、4進法、20進法などが生まれていったということも考えられるのではないだろうか。
今日はここまで。

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