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2004.07.18

「暦の知恵・占いの神秘」を読む-06

第1章「十干と十二支の知識」の「<十干>=数える基本」において、著者永田久は次のように述べる。
「まず<十干>について述べよう。十干は、日を数える数詞として使われていた。「数える」余言うことは、ものの集まりを一つ一つの数に対応させることであり、この対応こそ最も基本的な「数の原理」なのである。物と数とのもっとも身近な対応は、古代人ならずともコンピュータの発達した現代の私たちでさえ、指折り数えることであろう。そして、両手の指の数が十本あるために、十を一つの単位として一つにまとめてグループをつくる。こうして日を数える単位を十日として、その一日一日に名付けた数詞が十干だといえるだろう。古代の中国でも十日を一単位としたことは、「旬」という文字が証明している。「旬」とは、日をひと巡りさせたさまを示す会意文字で、十日の意味である。上旬は、一か月の始めの十日間であり、中旬、下旬なども同じように十日間の意味である。」
続けて著者永田久は述べる。
「「旬」という文字に「シュン」といういい方があり、果物や野菜、魚などのもっとも味の良い食べごろの時期をいうのはなぜだろう。これは和製用語である月の一日、十一日、二十一日(ただし十六日も含む)の十日ごとに、天皇が臣下から政務を聴く儀式を「旬儀」といった。その折には季節に合ったものを賜るのが例となっていた。旬儀は始めは毎月行われていたが、のちに四月一日と十月一日の二日だけとなり、四月一日を「孟夏の旬」といい、夏にふさわしい扇を、十月一日は「孟冬の旬」といい、これから味ののる氷魚(鮎の稚魚)を賜ることを例とした。ここから転じて季節の食物の出盛りの時期、もっとも味のよい時を「旬」というようになったのである。」

私はここまで読んで思う。十干は、日の数を数える数詞であって、数を数える数字(壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾)が生じてきても、詞として残って今に生きているのは素晴らしい。むかし学校や軍隊で、成績を示すのに甲、乙、丙、丁と使っていたことを思いだすと、使い道があることによって生き永らえているのかも知れない。日を数えることは何時の時代でも必要であるから、十干は残っているのであろう。
「旬(シュン)」が生まれたいきさつを読むと、意味を転じても使い勝手が良ければ、その文字は人々に支えられて生きつづけることがわかる。「旬(シュン)」という文字は、季節の食物の出盛りの時期、それを知る必要ととともに、いつまでも残るだろう。
今日はこれまで。

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