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2004.07.21

「暦の知恵・占いの神秘」を読む-09

第1章「十干と十二支の知識」の「<十二支>と<十二獣>」において、著者永田久は次のように述べる。
「この十二支を抽象的な文字として暦月に配当したのでは、古代の民衆にとって分かりにくいという理由もあったのであろう。十二支に<十二獣>を割り当てて身近なものとして理解させようとする試みがあった。それは中国の戦国時代(紀元前403〜前222)ともいわれているが、後漢の王充(27〜100)によって「論衡」の中に引用されたのが最初である。」
ここで著者永田久は十二支に配当された十二獣について、そのひとつひとつを述べ、更に神話を引いて話を進め、各国の様々な十二支(十二獣)にも触れている。
「紀年法を理解する」において、著者永田久は述べる。
「十干は日を数える数詞、十二支は月を数える数詞であることは述べたが、具体的な対応の仕方はのちほど述べるとして、まず「紀年法」について説明しよう。「年」という文字は、「禾」と「人」との会意文字で、農耕民族にとっては、作物が実って人に収穫されるまでの期間を表している。つまり、作物の生産期間を表すわけである。遊牧民族にとっては、草が芽を出し、枯れる周期であり、漁労民族にとっては、同じ魚が姿を現すときの流れのサイクルといえよう。現代的ないい方をするならば季節の移り変わりに周期、春夏秋冬ということになる。」
更に続けて著者永田久は述べる。
「この「年」を古代中国の人たちはどう捉えたかというと、季節の移り変わり、すなわち太陽の運動としてではなく、木星の運動を基準にして年を定めたのである。古くは、木星を歳星といった。
「歳」は戉(えつ・まさかり)と(とき)の歩みとの会意文字で、刃物で作物の穂を刈り取るまでの(とき)の流れを表す、つまりは「年」と同じ意味をもっている。歳星とは、年を測る星、年の基準になる星ということである。歳星は、天空を十二年でひと廻りする(現在では、木星の公転周期は11、862年)と観測されていたので、天空をほぼ赤道に沿って十二等分し、歳星の位置する区分を<十二次>といった。つまり、一次とは歳星が一年間で歩みを続ける天空の一区間のことである。古代中国に始まった子の一年の捉え方を「歳星紀年法」という。」
更に続けて著者永田久は述べる。
「ところが、漢民族は歳星の回転を単なる天体の運動として考えず、歳星の精なる「太歳」の力によるものとして捉え、年を測る基準は太歳へと移っていった。歳星を抽象化し、歳星から脱化した天神を太歳としたのである。太歳は、歳星と同じ速さで、しかし歳星とは反対方向に天空を巡ると考えた。すると、太歳の周期は十二年となり、歳星が一年間に動く一次は、位置こそ違え、ちょうど太歳の一年間に動く天空の一区分と対応することになる。この太歳の位置するひと廻り十二区分を<十二辰>と名づけた。すでに説明したように十二辰は後漢(25〜220)の頃に<十二支>といわれるようになったが、この十二辰を年の名称として用いることにしたのである。これを「太歳紀年法」という。歳星が星紀にある時、太歳が寅に在位することを基準として、年に命名するようになったのは、「論衡」によると紀元前三六五年のこととされている。」

私はここまで読んで思う。年を定めるのに、中国人は太陽でも月でもなく木星で定めた。それは天空がひと廻りするのに12年かかることを見いだしたからである。そして更に、歳星の奥に歳星と反対に回転する太歳を見いだしたあたりは、古代人の悠久なるロマンを感じずにはいられない。
満天の星空の中に、太歳の回転を感得する古代中国人を想像してみて、ひどく感動を覚える。天の回転に逆らって動く惑星を通して天神を観たのは、古代中国人ばかりではなく、世界中の古代人が見ていたことを思うと、また感動を覚えるのである。
今日はここまで。

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コメント

> 玉田さん
Promenade Musashino をご覧いただきありがとうございました。
お尋ねの件ですが、ウエブ上での検索では「論衡」の第何巻ということは分かりませんでした。
その中に 「[歳次]は、所謂太歳紀年法で表記される年の称謂で、干支で表記されます。」 という面白い暦を見つけたので紹介します。
ほかには参考になりそうなサイトは見つけられませんでした。力不足ですみません。
よろしくお願いいたします。

投稿: kojima | 2004.10.31 11:01

お世話になります。横浜の玉田といいます。
私はエンジニアですので歴史は全くの素人ですが
古代史には関心を持っております。
十二支について色々研究されておられるようですので
教えて頂きたいと思います。
中国で太歳紀年法が採用されたのは「論衡によると
紀元前365年」とのことですよね。
先日十二支のことで「論衡」を調べたのですが、
この太歳紀年法が採用された時期が記載されているのは
「論衡」の第何巻でしょうか?自分も確認したいと考えて
います。よろしくお願いします。

投稿: 玉田 | 2004.10.28 16:51

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