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2004.07.23

「暦の知恵・占いの神秘」を読む-11

第2章「暦と数の知識」の「夏正・殷正・周正」において、著者永田久は次のように述べる。
「中国で最古の文明をもつ国家といわれる夏の時代には、「尭典」の基準どおりに十二か月が命名された(ただし、参<オリオン座 α>が夕方に東中する時を十一月・子月と定めた)。これを<夏正>という。
 夏正では、正月は寅月となり、仲春二月に春分が来るので、一年の始まりは春からという「立春正月思想」がここで成立したのである。また、朔(太陽と月と地球がこの順に一直線になることで、月はまったく見えない新月の時)は夜の明け方平旦(午前3時〜5時)と定めた。
 次の殷の時代(前1500〜前1027頃)には、「尭典」に則して、辰星(大火・アンターレス)の南中を4月と定めた。そのため正月は丑月となった。これを<殷正>という。
 殷正では、丑月正月となり、さらに朔を雞明(午前1時〜3時)とした。
 さらに次の周の時代(前1027〜前256)になると、北斗七星によって季節を定める方法が行われ、北斗七星の柄が夕方に北を指す時を正月・子月と定めたのである。これを<周正>という。
 周正によると、正月は子月となり、さらに十二支に方向と時刻がつけられ、十二支はより広く人びとの生活の中に浸透していくようになった。そして周正では朔を夜半に定めた。
 夏正、殷正、周正を<三正>というが、十二支と十二か月の対応を示すと次の表のようになる。
 十二支と十二か月の対応表(周正・殷正・夏正)
 ・・周正・・・・殷正・・・・夏正・・・・十二支
 ・・正月・・・十二月・・・十一月・・・・・子・
 ・・二月・・・・正月・・・十二月・・・・・丑・
 ・・三月・・・・二月・・・・正月・・・・・寅・
 ・・四月・・・・三月・・・・二月・・・・・卯・
 ・・五月・・・・四月・・・・三月・・・・・辰・
 ・・六月・・・・五月・・・・四月・・・・・巳・
 ・・七月・・・・六月・・・・五月・・・・・午・
 ・・八月・・・・七月・・・・六月・・・・・未・
 ・・九月・・・・八月・・・・七月・・・・・申・
 ・・十月・・・・九月・・・・八月・・・・・酉・
 ・十一月・・・・十月・・・・九月・・・・・戌・
 ・十二月・・・十一月・・・・十月・・・・・亥・ 」
続いて著者永田久は述べる。
「私たちは、「立春正月思想」を暦の原理と考えているが、それは「尭典」に由来するものである。しかしすべてが春から始まると考えるのは、生命が芽生え、活動を開始する季節としてすべての動植物にとって自然なものといえよう。一年の初めは正月を春の始めとする夏正の命名が、後世に引き継がれるようになったのは当然のことである。
 中国最初の整備された暦、前漢の<太初歴>では夏正が採用され、それがそのまま<元嘉歴>を通して7世紀に日本に持ち込まれたので、自然歴のほかに正確な暦をもたなかった日本人の中に夏正の立春正月思想が植えつけられたと考えられるのである。」

私はここまで読んで思う。一年の初めの正月は立春に始まるという「立春正月思想」が「尭典」に由来するものであるという。尭は夏王朝の前の皇帝であるから、古代中国の稲作王朝の自然観が色濃く反映されていると思うと、深い感動を覚える。
日本に持ち込まれたこの夏正にもとづく暦が、千三百年にわたって変わることなく使われてきたのは、その自然観が稲作と共にあった太古と変わらなかったからではないだろうか。いにしえのロマンを感ずるのは私ばかりであろうか。

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