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2004.08.02

「江戸・東京ゆかりの野菜と花」を読む -09-   目黒名物も元をただせば九州産

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第1章「江戸が育てた日本の花と野菜」の「4.参勤交代で地方の名産が続々と江戸へー大名屋敷は家庭菜園」の中の「目黒名物も元をただせば九州産」は、次のように述べられている。
「たとえば”目黒のたけのこ”として有名なもうそうたけのこ(孟宗筍)は、三田(現在の港区)にあった薩摩藩(鹿児島県)の下屋敷から広まったもの。廻船問屋の山路次郎兵衛勝孝が根をゆずり受けて、目黒川沿岸に普及していった、と古文書にある。

##孟宗竹といえば、だいぶ昔のことだが福岡県で行われた「全国竹の大会」に出たことがあって、そのとき八女地方だったかと思うが、金明孟宗竹の発見された竹林に行ってみたことがある。金明孟宗竹というのは、もっと昔、私の家の庭で見た金明竹とそっくり同じ金色の柄である。金明孟宗竹の竹林の中を歩いて、その美しさに息を飲んだ思いでがよみがえってくる。
日本中の孟宗竹は根を分けて殖やしていったものであるから、非常に離れてはいるが元は同じ一株の植物といえるので、花が咲くのも枯れるのも同時であることに不思議はないと、私はいまでも思っている。##
「大名の食事のために運び込んでいた諸国の名産品栽培も江戸で行われるようになり、やがてタネの採取・販売も行われるようになっていく。そして、江戸でとれたタネは参勤交代にともなって、逆に他国へと運ばれた。こうして江戸は野菜のタネの集散地となっていったのである。」
##江戸にはあらゆる地方文化が集積し、出来上がった江戸文化が地方へ散って、そこで小江戸文化を起こしていった。そういう意味で江戸は日本のハブなのだ、と私は思う。##
今日はここまで。

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