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2004.08.12

「江戸・東京ゆかりの野菜と花」を読む -19-  豊島・新宿・渋谷地区

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第1章「江戸が育てた日本の花と野菜」の「7.江戸農民の手で名品種が次々と生み出された ー 品種についた地名から誕生の地を訪ねよう」の中の「豊島・新宿・渋谷地区」は、次のように述べられている。
「今では田畑などまったくない山手線周辺も、江戸時代から明治時代にかけて数々の優良品種が生まれたところだ。豊島区では駒込なす、雑司が谷かぼちゃなどが、新宿区では内藤かぼちゃ・鳴子うり・早稲田みょうがなどが誕生した。渋谷区千駄ケ谷にはとうもろこし畑が広がっていた。」

##私はここまで読んで思う。現在のこれらの区部で、江戸の野菜はどのようになっているのだろうか。ウエブデ検索してでてきたいくつかのサイトをのぞいてみた。
「豊島区の歴史」 を見ると、駒込なすが出てきて次のようである。
「江戸時代の豊島区は、上駒込・巣鴨・池袋・長崎・雑司谷・下高田に元禄以前に梶原堀之内村(現北区)よりわかれた新田堀之内が加わって7か村となりました。『新編武蔵風土記稿』によると、各村の戸数は巣鴨113戸、新田堀之内30戸、池袋129戸、雑司谷135戸、下高田110戸、長崎59戸の計576戸で(上駒込村は不明)、人口は約3,000人前後であったと推定されます。
下高田・雑司谷・巣鴨・上駒込の各村には、大名の下屋敷や抱屋敷が多く見られました。また、巣鴨には御薬園、雑司谷には御鷹方組屋敷、御犬飼小屋がありましたが、その他はほとんどが農地でした。水田は神田川流域の低地、谷端川・弦巻川・谷戸川沿いに多少見られましたが、ほとんどが畑地で、江戸市中へ出荷する野菜の栽培が盛んでした。駒込なす・巣鴨だいこん・巣鴨こかぶ・滝野川ごぼう・長崎にんじんなど産地名を冠した特産品が生産されました。また、駒込の地は庭木栽培に向いており、多くの植木屋が軒を並べていました。特につつじ、さつきの栽培が有名で、品種改良も盛んに行われ一大園芸都市をなしていました。日本を代表する桜の品種「ソメイヨシノ」もここ駒込(染井)の地が発祥と言われています。駒込に続く巣鴨も、菊づくりで知られ、特に趣向を凝らした菊の形作りが評判を呼び、文化年間(1804〜18)には江戸市中より菊見の人で賑わうようになりました。」
##「かぼちゃ」については 「長屋の暮らし」
が面白いページである。かぼちゃなどの野菜を行商していたという。
##「鳴子うり」については 「新宿駅」 の成子天神に「四谷ウリまたは鳴子ウリと呼ばれ」とあるがマクワウリのことらしい。
##現代の東京産野菜については 「東京産」
というサイトに詳しい。
##「早稲田みょうが」については、どこかのサイトで見た記憶があるのだが探しだすことが出来なかった。日本の 「ミョウガ」
についてはここが詳しい。
##ついでにこんなサイト 「漬け物の系譜と変遷」 の中にも塩漬けの「茗荷」がでてくるが、私は糠漬けや梅酢漬けにした「茗荷」も大好きである。
今日はここまで。

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