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2004.08.18

「江戸・東京ゆかりの野菜と花」を読む -25-  都市と農村のリサイクル

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第1章「江戸が育てた日本の花と野菜」の「10.都市の糞尿をすべて農業に使うしくみ ー 江戸の肥桶は牛乳缶みたいに清潔」の中の「都市と農村のリサイクル」は、次のように述べられている。
「江戸に住む百万を越える人びとの大量の下肥は、大切な肥料として回収され、周辺の農村に運ばれた。」

「とくに大名屋敷は食べ物がよいためか下肥の肥料分が多く、上質のものとして多くの農民が欲しがったという。だが、実際には名主クラスの農家が独占した。たとえば尾張徳川家のものは、中野村の名主・堀江家だけが代々手に入れることができた。堀江家は江戸城や大名屋敷の自給用の野菜苗を納める役目をしていたので、汲み取りの権利を得たらしい。
一方、町場ではふつうの農民たちとの取引が成立していた。長屋の下肥は大家との契約によって、汲み取ることができた。このとき料金を支払うのは汲み取って清掃する農家の側。いまとは逆の関係で、下肥はお金を払ってでも手に入れたいほど貴重だったのである。支払いは現金のこともあるが、野菜や薪・炭などのことが多く、一人一年分につき、なす五十個または干し大根五十本というように相場が決まっていた。」
##私はここまで読んで思う。肥桶については昔読んだ本の「杉の来た道」の中に、肥桶は蓋を閉めると完全な密閉缶になる、という当時の世界で最も優れた入れ物、と書いてあったのを覚えている。ウエブで検索してみると 「江戸・東京の風物」 という面白いページがあり、そのページの下の方に肥桶の写真がある。
##私の昔読んだ本というのは このぺーじの「9.「林業」は一体どうなっているのか」 に次のようにある。
「「スギは日本の杉である。そして、日本はスギの日本であった」とは、林学を修める人にとってのバイブルとも言うべき、島根大学農学部の遠山富太郎教授の名著「杉の来た道」(中公新書)冒頭の有名なフレーズですが、今の私にはこれがどうしても虚しく(恐ろしく)聞こえてなりません。」
今日はここまで。

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