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2004.09.20

江戸・東京ゆかりの野菜と花」を読む -29-植木屋は”花と緑の文化”の担い手-つづき

第1章「江戸が育てた日本の花と野菜」の「12.「世界に類なし」とイギリス人植物学者を驚かせた植木の里ーーつつじ・さつきのカタログも出た」の中の「植木屋は”花と緑の文化”の担い手」のつづきは、次のように述べられている。

「大久保あたりは、徳川が江戸に入る際に警護にあたった鉄砲百人同心の屋敷があった。ここの武士が家計を補うために、つつじの栽培を始め、品種改良までを手がけ、産地化したものである。その栽培は大正時代までつづき、一時は品種が70にも及び、1万株以上のつつじ園も出現した。
江戸後期にはつつじ・朝顔・花しょうぶ・さくら・つばき・ふくじゅそうなどで珍種の発見や新品種の育成が次々に行なわれている。これらはすべて、民間の植木屋や下級武士のたゆまぬ努力の結果であった。明治に入り、日本人が西洋の花に目をうばわれていたとき、ヨーロッパの人たちは反対に日本の花に注目したわけである。」
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ここまで読んできて私は思う。
つづく。

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