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2004.09.26

ギリシャのオリンピックと雲煙の国・中国

ギリシャで開かれた2004年のオリンピックは開催中晴天続きであった。未完成の水泳プールには屋根がなくて心配したが、遂に雨は降らなかった。ギリシャ地方に雨が少ないのを知ったのはそのあとのことであった。

オリンピックが終わってしばらくして、中国が雲烟の国であると書いてあった本のことを思い出し、私は書棚の中を探して「雲烟の国 風土から見た中国文化論」合山 究・東方選書24を見つけた。
先ずギリシャに触れているところを見ると、次のような引用がなされていて、ギリシャの天候を知った。
「また、堀米庸三氏は、「ギリシャ人が住んでいた世界はご承知のように空気澄明でありまして、冬は雨期で間欠的に強い雨が降りますがその他の時期はほとんどまったくといっていいほど雨が降らない。空気は澄んで乾燥しているので、物の輪郭ははっきりしています。朦朧としたものは、ギリシャ人の普段の生活にはまったくなじまない。朦朧とした世界というのはこの世ではなく、あの世のことなのです。」(増田四郎編「西洋と日本」、中公新書、1970)といっている。」
次に雲烟の国について述べているところを見ると次のようである。
「雲烟の国 もちろん、中国は広く、中国のすべての地方に雲烟や塵埃が多いわけではない。東北地方や内蒙古・甘粛・新疆などの地方は、雲量はきわめて少ない。しかし、これらの地方は、中国文化の発祥地ではなく、もともと伝統文化とは縁の薄い僻遠の地である。少なくとも、古代から現代に至るまで、政治的・文化的舞台となった地域、すなわち黄河流域(中原地方)や揚子江流域(江南地方)・四川盆地(西蜀地方)などの中心部には、濃淡や様態の差はあるものの、塵埃や雲烟が多く、朦朧とかすむ独特の自然空間を形造っているように私には思われる。そして、これこそが、中国の風土の中でも、特に他国と異なる最も大きな特色ではないかと思うのである。」
###私はここまで読んで思う。和辻哲郎が「風土」の中でいうように風土が「ある国土に根ざした民族においては、その風俗や生活の仕方の全体の姿において見いだされるところの、微妙な素質を作り出す」ということは確かであると私は感じているので、合山 究の「雲烟の国」には大いに引きつけられるものがある。この本を手元に残しておいたのも、気を読み解こうとしている私に些かでもヒントを与えてくれるものと思ったからで、今また再び読もうとしているのである。
日本画の中にも雲が棚引いている絵がある。私はかって高い山に登っていた頃、山頂に立って眼下に雲海を何度も見たことがある。流れ落ちていく雲、湧き立つ雲など様々な雲の姿を見ているので、この雲が画に描かれ、次第に技法となっていったに違いないと思っていた。日常の日本の澄明な空間の雲と違い、中国の国土が四季を通じて塵埃と雲烟の中にあるというのには、ひどく想像をかき立てられるものがある。
きょうはここまで。

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