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2004.10.13

山東省は道教龍門派の発祥の地

先日聞いた話の中に、山東省は道教龍門派の発祥の地であるということがあった。道教については、なぜ仏教のように日本に来ていないのか未だに不思議に思っている。

「道教 龍門派」というキーワードでウエブ検索をしたところ、いくつかの面白いページが見つかった。 龍門派の誕生が次のように
「 全真教の教祖の王(1112〜1170年)は、字を知明、道号を重陽子といい、咸陽の人である。幼いときは儒術を習い、長じて府学[むかし府に設立された学校]に入り、武挙に合格したこともあった。外見的にも性格的にも堂々としていて、意気に任せ義侠を好み、財産を軽んじ義理を重んじた。47歳になってもなお志しを得られなかったが、正隆四年(1159年)に甘河鎮で異人に遭って丹訣を授かり、また神水を飲んだ。これ以降彼は内に金丹の修行をはじめたが、外見は汚い格好で気違いのふりをし、自ら「王害瘋」と名乗った(関中の言葉で発狂したことを「害瘋」と言う)。彼はまず家を捨てて南時村に入り、「活死人墓[生きている死人の墓]」と称して穴を掘った。彼はその中で3年間修行したあと、大定七年(1167年)に住居を燃やし、道を伝えるために東方へ行き山東半島の登州・莱州の間を往来した。彼は前後して馬・譚処端・王処一・大通・邱処機・劉処玄・孫不二などの7人の弟子を集め、また寧海周伯通家に金蓬会を創立して人々に《道徳経》・《般若心経》・《孝経》を読むことを勧めた。全真道は三教合一を主張し、「教えは三つに分かれているが、道は一つだけである」、「天下に二つの道はなく、聖人に二つの心はない」と説いた。その修持は要約すると心を知り性を見ることであり、情を除き欲を去り、恥を忍び垢を含み、己を苦しめ人を利すことを主旨とする。重陽祖師が世を去ると、7人の弟子には体得した教えや伝えた教えに差異があったが、全真道は次第に盛んになった。後世にはこの全真道の7人を北七真として尊び、内丹派の北宗が成立した。また北七真は丹功の上でそれぞれが一派を立て、
丹陽真人馬(1123〜1183年)は遇山派を作り、
長真真人譚処端(1123〜1185年)は南無派を開き、
長生真人劉処玄(1147〜1203年)は随山派を開き、
長春真人邱処機(1148〜1227年)は龍門派を開き、
玉陽真人王処一(1142〜1217年)は兪山派を開き、
広寧真人大通(1140〜1212年)は華山派を開き、
清浄散人孫不二(1119〜1182年)は清浄派を開いた。
邱処機が教団を指導していた時、全真道は非常に盛んだったので、龍門派の丹法はよく知られている。全真道は厳格な出家住庵制度があり、比較的高い宗教性を備えている。その教えには儒教や仏教が取り入れられ、きちんとした教義教制を立て、中国道教の大きな宗派になった。」語られている。
私はこれを読んで思った。日本の空海は805年に恵果(けいか)のもとで密教を学んでいる。空海は既に日本にいるときに『三教指帰』を書いて道教に理解を示していた。 次のような記述 、「空海の『三教指帰』はさまざまな意味において日本思想の開闢を告げるものである。
 第1に、日本で最初の儒教論を萌芽させた。このことについてはほとんど指摘がなかったことだが、これはもっと評価されてよい。中世に“和学としての儒教論”が出るまで(これを和儒というのだが)、日本は儒教思想を儒学としてうけとめたことはなかったのである。それをわずか24歳の空海がやすやすとやってのけていた。  第2に、タオイズムについてこれほど深い理解を示した著述は、その後の日本思想界にはまったくあらわれなかったといってよい。ぼくも厳密には調べていないけれど、おそらく明治の岡倉天心や内藤湖南まで、日本人はタオイズムを理論的につかめなかったのではあるまいか。
 第3に、ここには最初のブッダ論がある。仮名乞児に託して語っているものであるが、空海がブッダに連なりたい者であることが断固として示されている。『三教指帰』が出家宣言書であるといわれるのは、このためだ。」にそれを見てとれる。
龍門派は、それから300年の後に長春真人邱処機(1148〜1227年)によって開かれていることを知った。
道教は中国の誕生とともに生まれ中国とともに歩んできている、日本の神道のように、私はそう気がついたのである。だから神道が日本から出て行かないように、道教も中国から出て行かないのではないだろうか。
今日はここまで。

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