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2004.11.11

陳舜臣の「上海雑談」を読む-07

モンゴルに興味をもったのは岡田英弘の本を読んだ時からか、思い出せない。空海に興味をもっていたからモンゴルはその延長線上にあったのかも知れない。
この「上海雑談」の中から気に入った文章を取り上げて感想を述べてみたい。

「後世の歴史家は、その時代の平和を指して、「パックスタターリカ」と言っています。タターリカと言うのは韃靼人、つまりモンゴル人によって保たれた世界的な平和という意味ですね。当時、あの辺の人はモンゴル人のことをタタール人と言いました。たとえば、現在の平和のことを「パックスアメリカーナ」、アメリカによる平和だと言ったりしますよね。それと同じで、タタール人による平和というふうに歴史家は評価しているんです。」
私はここまで読んで思う。マルコポーロが描いた中国の話しはこのモンゴルの時代であるから、超長距離の旅行、通商には安全だった稀な時代をモンゴルが提供していたのだ。パックスタターリカというキーワードでグーグル検索をしても1件しかヒットしない。
だが戦争と平和というのはどちらか一方だけで存在するのではなく、戦争がないから平和だと言うなら、平和が続けば必ずまた戦争が起こるということになるのではないだろうか。
人類の生存は火山の噴火、台風、地球の回転と同じような自然現象であると認識するほうが、人間にとっては理解し易いのかも知れない、私はそう確信するようになってきている。
今日はここまで。

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