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2004.11.13

陳舜臣の「上海雑談」を読む-09

国、国家という語は多義的に使われていて、語る側から聞く側にその意味は必ずしも伝わるとは限らない。むかし戦士たちがみな私兵であったころ、ナポレオンが率いて強かったフランスの国民兵の話しが、国、国家についてわかり易い。
この「上海雑談」の中から気に入った文章を取り上げて感想を述べてみたい。

「モンゴルには、「我が国は」などという概念はなかったと思います。自分たちが治めているところが世界のすべてであるという認識ですね。あんまり広いからダルガチという代官を派遣して税金だけは取る。後は何をしようがいい。いちいち干渉したらしんどいでしょう。そういう意味でも、「パックス・タターリカ」、お金さえ払えば平和だという時代なんです。人々が、それによって幸せであるかどうかわかりませんけれど私は七分どおりの幸せはあったと思います。戦乱にまき込まれたらゼロになりますからね。」
私はここまで読んで思う。モンゴルはもともと住んで遊牧していた領域をただ広げただけであり、その広げた領土にモンゴル的生活文化を広げていったわけではない。では何を考え何をしようとして領土を広げていったのだろうか、はたしてお金を税金として取り上げるためだけであったのだろうか。
戦争は雷が落ちる如く虹が立つ如く、天然の現象なのかもしれない。
今日はここまで。

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