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2004.11.14

陳舜臣の「上海雑談」を読む-10

現在、アメリカはアメリカ的文化・アメリカ的価値観をグローバル化しようとして、アメリカ文化以外の文化に容赦なく戦いを挑んでいる。このような動きは、アメリカにとっても他の世界にとっても必然的なことなのであろう。ちょうどリンゴが熟して地に落ちるように。
この「上海雑談」の中から気に入った文章を取り上げて感想を述べてみたい。

「ともすれば、統一をした民族が、たとえば統一の象徴として弁髪を他の民族に強要するというようなことを、モンゴルはしなかったようです。だから、総理大臣なんか、モンゴル人じゃなくて、色目人と呼ばれた人たちでした。大臣も、いらん系とかウイグル系ばっかりです。あるいは耶律楚材のような漢人にお金を払って登用している。全世界がおれのもので、あんまり広いから、お金を払って適当にやらせているという感じなのですね。」
私はここまで読んで思う。日本はかって朝鮮や満州に、また台湾や南洋に領土を広げていったとき、日本語と鳥居と赤子と四方拝などを被占領地の人々に強制している。つまり、世界は多様であり、変化に極まりなく、すべてが存在してバランスが取れていく、そう私には思われるのである。
今日はここまで。

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