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2004.11.23

石井米雄の「メコン」を読む - 07        「清浄なサンガ」

だいぶ前に読んだ「食う寝る座る永平寺修行記」のことを思い出した。道元禅師の「正法眼蔵」そのままを守って、今に至る出家修行とはどのようなものかを知った。この本は、中国を振り出しに、チベット、ビルマ、ラオス、ベトナム、カンボジャ、タイと、なにかを求めてさまよい歩いた二十代の旅の行き着いた先が永平寺だった、野々村馨が書いた記録である。
この「メコン」の中で出合った「清浄なサンガ」という気に入った文章を取り上げて感想を述べてみたい。

「六世紀以降、中国人の植民が開始される十七世紀末までの千年間、メコン・デルタは歴史の主役の座を下りてしまった。にもかかわらず、この低湿の巨大な大地は長くクメール人の居住空間であることをやめなかった。今日その連続性を確認することは困難だが、現在ではその大半がベトナム領となったメコン・デルタには、今なおクメール人が居住している。かれらは「クメール・クロム」、より正確には「クマエ・クラオム」と呼ばれる。」
続いて「このメコン・デルタのクメール人が、近年、ポル・ポトの暴政の犠牲になったカンボジャ仏教の復興に一役買ったという事実は意外と注目されていない。仏教の出家教団は、ひとたび壊滅して戒律を正しく守る僧が消滅すると、外部の「清浄なサンガ」の力を借りない限り、再生することは不可能となる。すべての僧侶が強制的に還俗させられ、仏僧が皆無となったカンボジャにふたたび出家教団をよみがえらせようとメコン・デルタにいたベトナム籍のクメール人の有資格僧侶が招きに応じてカンボジャに赴き、得度式を行ってカンボジャ・サンガを見事に復活させたのであった。」
私はここまで読んで思う。「仏教の出家集団が消滅する」この文を目にして色々な思いが浮かんでは消えた。インドから仏教が失われたのも、中国で仏教が失われたのも、その前にこのようなことがあったに違いない。仏教は人を通して伝えられているところが大きいから、人がいったん失われると仏教を再生することが非常に困難になるのだ。
日本も、かって鑑真という戒律をもった高僧を中国から呼んでいる。仏教の中心には戒律が厳然として存在しているということを改めて知った。
今日はここまで。

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