« 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-06 「三鷹市の歴史・村々のなりたち・下連雀」 | トップページ | 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-08 「三鷹市の歴史・村々のなりたち・井の頭」 »

2004.12.04

武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-07 「三鷹市の歴史・村々のなりたち・連雀新田のはじまり」

連雀村の開墾も吉祥寺や西久保のようにおこなわれたから、現代の地図を見ても短冊形の区画をもった一連の地域が読み取れる。まん中に連雀通り(江戸時代から昭和50年代まで小金井街道といった)が通っていて、この道を中心にして開かれているような形に見える。
「井の頭のあらまし」の中の「三鷹市の歴史・村々のなりたち・連雀新田のはじまり」を読んで、その中で気に入った文章を取り上げて感想を述べてみたい。
「下連雀の名主を代々つづけてきた松井家所蔵の文書のなかに、次のようなものがある。」

「連雀新田のはじまり」
 寛保二年(一七四二) 松井治兵衛撰
 武州野方領連雀新田のはじまりは、明暦三年(一六五七)正月十八日、十九日の大火事に江戸神田連雀町類火の節、御用地に召上げられましたので、松平伊豆守様へ御替地をお願い申上げましたところ、江戸町内には空地がないとおおせられ武蔵野御札茅場千町野の内にて、宮地一町余、寺地四町余、そのほか、お宮とお寺の付属地六段六畝、名主治兵衛に七町歩余、総百姓二十四人に四町余より五町余づつ、下しおかれました。
とあり、江戸町内の商人ばかりで百姓仕事に不慣れで、開墾が困難であると、窮状を訴え、借用金を申し入れたことが書いてある。その後、五ヵ年間に借用金を返済したこと、下連雀村と村名を改めたことなどが書いてある。
 村の中心の道、現在の小金井街道の両側をほぼ均等に、名主だけが二軒分に割り、それを一辺とした長方形(短冊形)に分割して、各戸平等の地割りであった。道路沿いが屋敷地、それにつづいて上畑、中畑、下畑と区分され、それぞれ年貢を納めた。
しかし各戸平等に与えられた村も、長く平等の条件はつづかなかった。戸数増加ははじめは余りなかったが、何戸分もの土地を所有するものができる半面、土地を持たぬものや、新墾の困難に耐えかねて、他に移転したものもでるしまつであったと思われる。
 村の鎮守の八幡社と禅林寺は、いまも隣接している。江戸時代はもともと一つの境内で別当の関係であったことは、他村とも同じことであった。村開発の当時は、真宗の松の坊という寺を立てたが、台風によって粗末な建物が倒壊してしまった。当時の村人の暮らしは困難で、これを再建し、寺を維持することができず、松の坊は寺を捨ててしまった。村では寺がなくては困るので、やっとのことで黄檗宗の僧、賢洲元養に依頼して、その弟子、梅嶺道雪を迎え、禅林寺が立てられ、現在にいたっている。
 禅林寺は、黄檗宗の寺として風格のある境内に、山門や鐘楼、堂、庫裡が、整然として独特の雰囲気をもつ寺である。近くに住んでいた大宰寺が散歩の足をはこんだというのもうなずける。昭和二十三年六月、玉川上水に愛人とともに入水自殺した大宰寺の墓は、庫裡の背後の墓地の中央付近にある。毎年、命日におこなわれる桜桃忌には、彼の崇拝者が多数集まるので有名である。」
私はここまで読んで思う。小金井街道は現在、小金井駅の東側を中央線と直角に南北に走る道の名前になっていて、ここでの記述と違うのでいささか混乱する。この本が書かれた昭和五十四年の当時、小金井街道は現在の連雀通りのことであったに違いない。その後理由はわからないが、小金井街道を連雀通りに名前を変え、新たに小金井駅の東を南北に通る道を小金井街道と名づけたらしいのである。
ものの本には江戸から小金井堤の桜を見に行く道、また甲州街道の裏街道だったとあるから。江戸から出ていた道に違いないのだが、現在の小金井街道がそれと全く関係ない方角に走る道になっているのは、とても解せない話なのである。
今日はここまで。

|

« 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-06 「三鷹市の歴史・村々のなりたち・下連雀」 | トップページ | 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-08 「三鷹市の歴史・村々のなりたち・井の頭」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12847/2149747

この記事へのトラックバック一覧です: 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-07 「三鷹市の歴史・村々のなりたち・連雀新田のはじまり」:

« 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-06 「三鷹市の歴史・村々のなりたち・下連雀」 | トップページ | 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-08 「三鷹市の歴史・村々のなりたち・井の頭」 »