« 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-33 「武蔵野市の歴史・昭和時代-2」 | トップページ | 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-35 「武蔵野市の歴史・史跡と名所・旧本宿のけやき」 »

2005.01.07

武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-34 「武蔵野市の歴史・各所地名のおこり・吉祥寺」

子供のころ吉祥寺というお寺がなぜないのか、疑問に思ったことはなかった。吉祥寺がお寺だと、考えたことがなかったからに違いない。
「井の頭のあらまし」の中の「武蔵野市の歴史・地名のおこり・吉祥寺」を読んで、その中で気に入った文章を取り上げて感想を述べてみたい。

「吉祥寺駅員に、吉祥寺という寺はどこですかと聞く人が、月に二十人はいるとのことで、ここに吉祥寺はありません。明暦四年の江戸大火で、神田水道橋近くの吉祥寺、門前町一帯がやけ、吉祥寺は本郷駒込に移り、道路拡幅のため、門前町の町人、職人たちが「むれ野」の一角に移住し、荒れ地を開拓して、吉祥寺村としました。」
私はここを読んで思う。本郷駒込の散歩で吉祥寺を偶然見たとき、吉祥寺というお寺がほんとうにあるのだと、妙に感心したことをよく覚えている。そして、このあたりから人々が開拓にやってきたのだなと思ったものである。だがその以前に、神田水道橋近くに吉祥寺と門前町があったということは、覚えにくく印象が薄い。
武蔵野市吉祥寺は今までのところ、火事と地震によって逃げてきた人たちの安住の地となり、人々の期待にそむいているとは思えない。武蔵野台地のはずれであるから、今後しばらくのあいだは土地の安泰がつづくと思う。ついでにいえば、雷も今までのところ落ちても大事にいたっていないようである。
今日はここまで。

|

« 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-33 「武蔵野市の歴史・昭和時代-2」 | トップページ | 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-35 「武蔵野市の歴史・史跡と名所・旧本宿のけやき」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12847/2497549

この記事へのトラックバック一覧です: 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-34 「武蔵野市の歴史・各所地名のおこり・吉祥寺」:

« 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-33 「武蔵野市の歴史・昭和時代-2」 | トップページ | 武蔵野郷土史刊行会「井の頭史跡散歩」を読む-35 「武蔵野市の歴史・史跡と名所・旧本宿のけやき」 »