カテゴリー「道を辿り・敷居を越える」の記事

2004.06.05

「しきり」の文化論を読む-05

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第2章「しきられる世界」の中の「聖と俗」の最後の「柱というしきり」を読む。「ところで、現代のわたしたちの生活の中では、「柱」の存在をあまり意識することはない。それは、現在の住宅では、ほとんどの柱が壁の中に隠されてしまっているからだろう。」

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2004.06.02

「しきり」の文化論を読む-04

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第1章2「自己と他者」の中の「コミュニケーションとしきり」を読む。著者は、「母親には何も話さなくても、了解し理解していてくれると幼い子供は感じている。ところが、何かのきっかけで、母親すら自分が感じたり考えたりしていることを、共有してはいないのだと気づくことになる。つまり、何らかの言葉によるコミュニケーションが必要であることに気づくのである。」という。

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2004.06.01

「しきり」の文化論を読む-03

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第1章「しきるということ」の中の「ブレーキとしてのしきり」において著者は言う。「たとえば、ヨーロッパの都市の形成(計画)は、商業による定住化によっているという考え方と、戦争によっているという考え方がある。フランスの都市計画家、ポール・ヴィリリオは「都市は戦争の結果、少なくとも戦争の準備の結果だ」(ポール・ヴィリリオ+シルヴェール・ロトランジェ「純粋戦争」細川周平訳、UPU、1987年)としている。」と

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2004.05.31

「しきり」の文化論を読む-02

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第1章「しきるということ」において著者柏木博はいう。「「しきり」に現れる文化の違い」の中で、日本では狭い住まいを塀で取り囲んでいるのが一般的であるが、欧米の人々は住まいの塀を設けていないのが普通であるということから、「欧米の人々は、住まいの囲い(塀)は設けないにしても、日常の生活の中で、それとは異なった形式で自己の保護と防御を行っているはずだ。」と。

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2004.05.30

「しきり」の文化論を読む-01

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昨日散歩の途中で寄った吉祥寺ロンロンの弘栄堂書店で、本の散策をしていたら「しきり」という文字が目に飛び込んできた。前から探求の旅を続けていた「敷居」と良く似ている響きを、その文字は持っていたからだと思う。

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2004.03.21

視界内の映像の消失と道と敷居

明け方目を覚ました時、ぼんやりとした視界の中になにかが現れていた。
よく見ると、それは小さなやや赤い色の明るい窓のようなものであった。いつものことなので無視しようとした時、ふと思いが浮かんできた。これは敷居なのではないか、この敷居をまたぐと次に続く道が見えるかもしれないと思ったのである。

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2004.03.06

光ファイバーと道と敷居

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敷居について探求の旅に出て、色々な道を通って易にまで辿り着いた。インターネットを楽しんでいても深く気にしていなかったが、意味のある信号としての情報は全て道を通って行き来している。情報は空中を電磁波に乗って飛んでもいるのだが、道に似ているファイバーで考えてみたい。
金属の線を道として、その中を信号が電圧の高低となって流れているというのが分かりやすい例えである。動くものがあれば動いた後を道というように、道は後から自分と同じものが続いてくることを予想しているともいえる。たくさんの同じものが通り過ぎると、道が完成されたという。だからものが動けばその後には必ず道が残るのである。
金属の線から光ファイバーとなり、その中を電子の代わりに光子が通り過ぎている。道の中を通っているものに違いがあるとすれば、高速道路の中を自動車が走るのとは違って、光子は前を走っている光子を追い抜いたりはしない。出発した時の順序は最後まで厳密に守られているのである。
光子は旅人の年齢に似ていて年齢を追い越すことは出来ない。また光ファイバーは高速道路よりも鉄道のレールウエイの方に似ているのである。
しかし、光子の集団である信号の旅人は早い信号もあれば遅い信号もあって、結果的に信号としての旅人は別の信号に追い抜かれることもあるが、追い抜かれたからといって追い返すことは絶対に無い。
だから、電車同士は追い抜かないが、旅人同士はタクシーのように追い抜くこともあるという、ややこしいことになっていているのである。
仮想電子空間といって、インターネット空間のことを私は友人に説明しているが、光子が走っている空間としては現実空間であることに間違いはないと思う。光子が走っている現実空間の道である光ファイバーは、だから現実の道なのである。
そして敷居であるが、至る所に設けられているゲートとして、それは存在していると私は思う。
時間が来たので、つづきはまたにしよう。

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2004.02.13

四象八卦:「易経」二万数千字を四ヶ月で暗誦

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「易断に見る明治諸事件・西南の役から伊藤博文の暗殺まで」片岡紀明・中公文庫 に依れば、高島嘉右衛門が易に目覚めたときのことを次のように書いている。
「かれは、獄中で得た「易経」をくり返し読み、読んで暗誦し、暗誦した個所を自分なりに考えてみる。それをくり返し、くり返し、さらにくり返して、かれはその二万数千字を四ヶ月で暗誦するにいたった。かれは心の底に、稲妻のようなひらめき、雷鳴、震動させるものを感じた。
その瞬間、「妖夢たちまち覚め、精神の広大さ意思の壮快さ、一身が天地と一体になったように感じた。生死が自分にあることなど、まったくわからなくなった」のである。
それが文久元年(1861)、嘉右衛門、30歳のことだった」
この高島嘉右衛門が読んだ「易経」というのはどのようなものだろうか。「易の話」金谷治・講談社現代新書に依ってみてみると、次のような書き出しから始まる。
「儒教重要な教典の一つとして五経の筆頭に置かれた「易経」はうらないの書であると同時に、深遠な哲学をもつ書でもある。」
これを更にみてみると、「易経」の成立の過程で特に私の目を引いたのは、「易」の成立についての有名な伝説で、次のところである。
「すなわち、伏犠は八卦を作っただけでなく、さらにそれを重ねて六十四卦とし、文王は紂のためにとらえられて幽囚の身となったが、その艱難のなかで卦辞を執筆し、文王の子の周公旦がそれを補って爻辞を執筆したというのである。」
ここで私は、高島嘉右衛門が獄中にあって目覚めたときのことと、文王が幽囚の身で艱難のなかにあったこととが、易の世界を体現することにおいて、重要な敷居であったのではないかと思うのである。
64卦象の易の世界にまず身を置くところから、高島嘉右衛門は太極を見る逆旅に出たのだと私は思う。

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2004.02.12

四象八卦:占筮50策で何を見るのか

乾坤という八卦の世界からどのように出て、どのようにして戻ってくるのかを考えてみる。
易を占うのに占筮をもって行うところからこの探求の旅を始めてみよう。
まず、その筮竹の本数が50本に至った経緯をみてみると、「河図」の数55から始まり、奇数である天の数25、偶数である地の数30の和であるところから、天の数25に合わせて地の数も25とし、天地の数として50を見出したとされている。
次に、占筮法では1策を天地としてこれを人に擬して人策とし、残る49策を人の変をみる策とし、分けて左を天策、右を地策とし、策数をかぞえるのに4本ずつとし、その余りを数えて卦の象が得られるとしている。
ここにみられることは、2分して4で除し余りを数えて3画の八卦の象を得、これを重ねて6画の64の卦の象を得ているということである。
乾坤の八卦から出るのに、このように八卦の象を重ねて6画の64の卦の象を得る、という方法を使っていると考えられる。
占筮法を更にみると、説卦伝の「往くを数うるは順、来を知るは逆なり。故に、易は逆数なり」ということに注目させられる。得られた卦象を下から逆に求めれば、天は上から順にあらわれるという。ここで、逆に求めるとき時は下から上へ進むとしていることにも、注意を払うことが必要と思われる。
これらのことを俄に考えてみると、八卦象の現実から64卦象の世界を経過し、再び八卦象の現実を見ている図が浮かび上がってくるように思われる。
つまりこの図は、到達した64卦象の世界から逆に太極を求め、天は両儀四象から八卦まで順に下って現実の世界に至り、更に順に下って64卦象の内奥の世界に達し、元に戻って来るという図なのである。
この現実の世界である八卦象の世界から出て、64卦象の内奥世界に達し、そこから逆に観ることのできる太極をもって、八卦世界を見極めようとしていると思われる。

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2004.02.11

四象八卦:元とは何であろうか

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往く道、つまり一次元の場合を表す線では線上を往くことしか現すことができない。往く道は、ここ西荻ドトールに来る途中で思い浮かんだのであるが、二次元の面、つまり行き来することができる道は、一次元の往く道の内部に生じていると考えられる、ということなのである。
従来、高次元になるほど低次元を内部に含んで外側に大きくなっているとされているが、先程気が付いたのは、これとは逆に一次元が最外側にあり、高次元になるほどその内部へ深まっていくと考えられる、ということである。
つまり往く道である時間は、現三次元のこの世界を基本的に支配していると思われる。これは一次元が両儀であり、二次元が四象、三次元が八卦であるとする世界と相似の世界ではなかろうか。
王船山は、無極にして太極とは極まらないことがないことという、つまり自己運動の原点を持つことができないことはないといい、それを無極にして太極といっている。そうであれば、次元がないことを太極ということができるのではないだろうか。
変化は、低次元から高次元になるにつれ複雑なものになると考えられる。そして、この場合の元とは一体なんのことであろうか。つまり、今考えている一次元から高次元についての考え方が、単独の元の次数変化として捉えられていることを、改めて考えなければならないと思われる。
ひとまずこの辺で。

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